●霊山【りょうぜん】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
霊山
りょうぜん
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霊山
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デジタル大辞泉
りょう‐ぜん〔リヤウ‐〕【霊山】



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れい‐ざん【霊山】
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世界大百科事典 第2版
りょうぜん【霊山】
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国指定史跡ガイド
りょうぜん【霊山】
福島県伊達市霊山町石田、霊山町大石と相馬市玉野との境にそびえる標高825mの山。玄武岩の熔岩台地であり、周囲を断崖絶壁に囲まれているため自然の城郭となり、南北朝時代に南朝の拠点として霊山城が築かれた。1934年(昭和9)に国の史跡および名勝として指定された。霊山は平安時代初期に第3代天台座主、慈覚大師円仁(794~864年)によって開かれ、天台宗の拠点として栄えた。南北朝時代の1337年(延元2)、北畠顕家(あきいえ)が義良(のりなが)親王(後の後村上天皇)を奉じて霊山城を築いた。奥羽地方における南朝方の一大拠点となり、陸奥国の国府が置かれた。1347年(正平2)に落城し、以後、歴史の表舞台から消えた。現在、山頂に国司舘(国府の役人の住居)の礎石が残っている。域内の日枝社観音堂は往時をしのぶ遺構である。霊山城跡へは、JR東北新幹線ほか福島駅から福島交通バス「行合道」下車、徒歩約1時間。
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事典・日本の観光資源
霊山
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霊山
「日本百景」指定の観光名所。
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精選版 日本国語大辞典
りょう‐ぜん リャウ‥【霊山】
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れい‐ざん【霊山】
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