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鞍馬寺【くらまでら】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

鞍馬寺
くらまでら
京都市左京区鞍馬本町にある鞍馬弘教の総本山。 1947年天台宗より独立。宝亀1 (770) 年鑑禎の創建と伝える。くらまの名はクマラの転化で,人類救済の使命を帯びた地球の霊王サナートクマラが奥之院に出現したとの伝による。毘沙門天本尊とし,古来民間信仰を集めた。木造『毘沙門天及吉祥天・善膩師童子立像』,経塚遺物は国宝指定され,6月には竹伐会式 (たけきりのえしき) がある。源義経が修行したという伝説で有名。

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デジタル大辞泉

くらま‐でら【鞍馬寺】
京都市左京区鞍馬本町にある寺。鞍馬弘教(こうきょう)の本山。もと天台宗。山号は松尾山開創は宝亀元年(770)、開山鑑真(がんじん)の弟子鑑禎と伝える。平安京北方鎮護の寺として、のちに融通念仏道場ともなり朝野の信仰を集めた。竹切祭鞍馬の火祭は有名。

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デジタル大辞泉プラス

鞍馬寺
京都府京都市左京区にある寺院。鞍馬弘教総本山。松尾山(しょうびざん)金剛寿命院ともいう。770年開創と伝わる。はじめ真言宗、のち天台宗に属し、1949年に単立寺院となった。本尊の木造毘沙門天立像は国宝に指定。

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世界大百科事典 第2版

くらまでら【鞍馬寺】
京都市左京区の鞍馬山にある寺。松尾山金剛寿命院ともいい,鞍馬弘教の総本山。唐僧鑑真の高弟の鑑禎が770年(宝亀1)夢告によって開いたとも,また造東寺長官の藤原伊勢人が796年(延暦15)に創建したともいう。本尊は毘沙門天。北方の王城鎮護の寺として公武の信仰あつく,はじめ真言宗,平安末から天台宗に転じ,その後は延暦寺末寺近世寺領は朱印高226石であった。いくたびか火災にかかり,いまの本堂は1872年(明治5)の再建である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

鞍馬寺
くらまでら

京都市左京区鞍馬本町、鞍馬山中腹にある鞍馬弘教(こうきょう)の総本山。松尾山(しょうびざん)金剛寿命院(こんごうじゅみょういん)と号する。開山当時は律宗、その後は真言宗であったが保安(ほうあん)年間(1120~24)には青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)の支配下となって天台宗に属した。幕末には一時、日光輪王寺(りんのうじ)門跡の支配下となったが、のち青蓮院門跡下に復し、1949年(昭和24)天台宗を離脱して単立寺院となった。『鞍馬蓋寺(がいじ)縁起』によると、鑑真(がんじん)和上の弟子鑑禎上人(がんていしょうにん)が770年(宝亀1)に霊夢で白馬に導かれて鞍馬山に至り、毘沙門天(びしゃもんてん)像を祀(まつ)る草庵(そうあん)を結んだのが草創という。さらに、796年(延暦15)造東寺長官の藤原伊勢人(いせんど)が観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)を祀る霊地を求めていたところ、貴船明神(きぶねみょうじん)の導きで鞍馬山に至り、毘沙門天と観世音菩薩をあわせ祀ったと伝える。奥の院には魔王尊像(サナトキクマラ、伝狩野元信(かのうもとのぶ)作、秘仏)が祀られており、同寺では毘沙門天像、観音像とともに三身一体の本尊とし、尊天(そんてん)と称している。寛平(かんぴょう)年間(889~898)には東寺の峯延(ぶえん)が入山して根本別当となり、寺院の形容を整えた。平安時代には良忍(りょうにん)や重怡(じゅうい)が参籠(さんろう)して同寺を融通念仏(ゆうずうねんぶつ)の道場となした。浄土教信仰の普及と毘沙門天の現世利益(りやく)の福徳を願う信仰が重なり、鞍馬寺は公家(くげ)、武家、庶民の信仰を集める一方、多くの僧兵が武力を備え、南北朝の内乱や賀茂社との間に争いを起こしている。江戸時代には幕府との関係も深く、十院九坊の寺院組織を形成し、また、「鞍馬の願人(がんにん)」「鞍馬講」などにより庶民の信仰が広まった。

 鞍馬寺に関する伝説は多く、牛若丸(うしわかまる)(源義経(よしつね))、鞍馬天狗(てんぐ)などはよく知られており、山内には牛若丸の修行にまつわる史跡がある。また、峯延が修行中に現れた大蛇を仏法の力で退治したという故事にちなむ竹伐(たけき)り会式(えしき)(6月20日)や、宮中の古式による節分追儺(ついな)式(2月節分)、1717年(享保2)に再興された如法写経会(にょほうしゃきょうえ)(8月1~3日)、ウエサク祭(5月満月の夜)など年中行事も多い。なお境内にある由岐(ゆき)神社祭礼は「鞍馬の火祭」として名高い。

 たびたびの火災により堂舎を焼失、現在の本殿、多宝塔などは近年再建されたものである。寺宝の木造毘沙門天三尊像、鞍馬寺経塚遺物200余点が国宝に、木造聖観音立像、木造兜跋(とばつ)毘沙門天像、紙本墨書鞍馬寺文書、銅灯籠、鍍金三鈷(ときんさんこ)柄剣などが国重要文化財に指定されている。なお1976年(昭和51)に与謝野晶子(よさのあきこ)の書斎「冬柏亭(とうはくてい)」が移築された。

[中山清田]

『『古寺巡礼 京都27 鞍馬寺』(1978・淡交社)』『中野玄三著『鞍馬寺』(1972・中央公論美術出版)』

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事典 日本の地域遺産

鞍馬寺
(京都府京都市左京区鞍馬本町1074)
美しき日本―いちどは訪れたい日本の観光遺産」指定の地域遺産。

出典:日外アソシエーツ「事典 日本の地域遺産」
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精選版 日本国語大辞典

くらま‐でら【鞍馬寺】
京都市左京区鞍馬本町にある鞍馬弘教の本山。もと天台宗。山号は松尾山。宝亀元年(七七〇)、鑑真の弟子鑑禎(がんちょう)(=思託)の草庵に始まると伝えられ、のち延暦一五年(七九六)藤原伊勢人が勅願寺として堂宇を創建したという。平安京の北方鎮護の寺として朝廷、民間の信仰が厚く、隆盛をきわめた。のち数回火災にあい、現在は仮本堂、仁王門などが残る。牛若丸(源義経)が修行したという伝説で有名。国宝に毘沙門天、吉祥天、善膩師童子立像、鞍馬寺経物遺物がある。くらま。

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