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領主制【りょうしゅせい】

世界大百科事典 第2版

りょうしゅせい【領主制 manorial system】

ヨーロッパ
 ヨーロッパの中世社会は一つの身分制社会であって,同時代人はそれが基本的に〈祈る〉〈戦う者〉〈働く者〉の3身分から成ると考えていた。前2者すなわち聖職者と戦士的貴族は封建的支配身分であり,彼らの生活と活動はもっぱら農民の収奪のうえに成り立っていた。そうした封建的支配諸身分(のちには都市が加わる)が,農民の生産余剰を経済外的強制に基づいて体系的に収奪する体制が領主制である。それは中世社会の社会・経済的基礎をなすとともに,その政治構造をも決定的に規定するものであった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

領主制
りょうしゅせい
平安後期から戦国時代にかけての武士すなわち領主による土地所有や百姓支配の体制を示す歴史学上の概念。この場合の領主は、史料上の用語とは別に封建制社会における封建的な支配身分を意味している。中世の支配身分には、荘園公領(しょうえんこりょう)制下での権門(けんもん)貴族、大寺社、武家権門などの荘園領主層と在地領主層があったが、領主制概念は在地領主すなわち武士に中世の封建制社会形成の担い手としての役割を見出す概念である。
 領主制論を構築した石母田正(いしもだしょう)は、古代から中世への変革を領主制の発展が奴隷制的な社会構成の荘園制を克服していく過程ととらえ、在地領主制を領主制発展の第一段階ととした。第二段階は在地領主を地域的に編成した地域的封建制であり、守護大名こそが純粋な封建領主制を確立したと位置づけた。その後は、勧農機能を基礎とする本来的な領主制から流通機能を不可避とする領主制への発展が論じられるとともに、守護大名の支配下にあった国人(こくじん)領主こそが領主制の発展段階に位置づけられること、そして戦国大名権力こそが在地領主制発展の最高の歴史段階と規定された。こうした修正によって、領主制論は在地領主制の発展段階として、地頭領主制から国人領主制、そして戦国大名領国制へと整理された。他方、荘園領主と在地領主は総体として封建的領主階級であると中世社会全体を構造的・静態的にとらえる考え方や領主制支配が百姓に及ぶ枠組みを構成的支配と説明する議論がある。また、中・近世移行期を通じて「小さな領主=村落領主」が再生産される構造や村落を媒介にした在地領主制のあり方が課題とされている。[鈴木哲雄]
『大山喬平著『日本中世農村史の研究』(1978・岩波書店) ▽石井進著『中世史を考える』(1991・校倉書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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