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高杉晋作【たかすぎ しんさく】

美術人名辞典

高杉晋作
幕末の長州藩志士長州藩士高杉小忠太の子。諱は春風、字は暢夫、号を東行・西海一狂生等。吉田松陰松下村塾久坂玄瑞と共に双璧と称され、のち江戸の昌平黌に学ぶ。藩命により奇兵隊を組織し総監となり、四国連合艦隊の下関砲撃事件では講和にあたった。のち九州に亡命するが、挙兵して藩政を握り、藩論を討統一し、第二次長州征伐では全を指揮し活躍した。慶応3年(1867)歿、29才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

たかすぎ‐しんさく【高杉晋作】
[1839~1867]江戸末期の勤王家。長門(ながと)の人。号、東行(とうぎょう)。長州藩に仕え、松下村塾に学び、奇兵隊を組織した。四国艦隊下関砲撃事件には正使として和議を結び、のち藩論を討幕に統一、第二次長州征伐幕府軍を破った。
古川薫歴史小説。昭和48年(1973)刊行副題「戦闘者の愛と死」。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

高杉晋作 たかすぎ-しんさく
1839-1867 幕末の武士。
天保(てんぽう)10年8月20日生まれ。高杉小忠太の長男。長門(ながと)(山口県)(はぎ)藩士。松下村塾にまなぶ。文久2年江戸品川のイギリス公使館焼き打ち,3年奇兵隊の創設,第2次幕長戦争での幕府軍撃退など,尊攘(そんじょう)運動の先頭にたった。慶応3年4月14日下関で病没。29歳。墓所は東行(とうぎょう)庵(山口県下関市)。名は春風。字(あざな)は暢夫(ちょうふ)。変名は谷梅之助,谷潜蔵。号は東行。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

防府市歴史用語集

高杉晋作
 江戸時代終わりに活躍した志士[しし]の1人です。明倫館[めいりんかん]や松下村塾[しょうかそんじゅく]で学んだ後、1863年に奇兵隊[きへいたい]をつくりました。萩藩の方針を倒幕[とうばく]にしたり、長州征伐[ちょうしゅうせいばつ]に来た幕府の軍隊を負かしたりするなど活躍しましたが、明治時代になる前に病気で亡くなってしまいます。

出典:ほうふWeb歴史館
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デジタル大辞泉プラス

高杉晋作
山岡荘八の歴史小説。1966年刊行。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

たかすぎしんさく【高杉晋作】
1839‐67(天保10‐慶応3)
幕末期,尊攘・倒幕運動の中心人物の一人。長州藩士。松下村塾の逸材で,奇兵隊を創設したことで有名。萩の菊屋横丁,150石の家に生まれ(父は小忠太,母は道子),名は春風,字は暢夫(ちようふ),通称は晋作,東一または和助ともいう。号は東行(とうぎよう),西海一狂生など。藩校明倫館に学び,入舎生に選ばれたりしたが飽きたらず,吉田松陰の松下村塾に入門,久坂玄瑞と双璧をうたわれた。松陰は久坂の〈才〉に対し,高杉の〈〉を高く評価した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

たかすぎしんさく【高杉晋作】
1839~1867 幕末の志士。長州藩士。名は春風。字あざなは暢夫ちようふ。号は東行とうぎよう。吉田松陰門下。下関砲撃に備えて奇兵隊を結成、また、1865年以降、藩の主導権を握って藩論を倒幕に転換、第二次長州征伐の幕府軍を圧した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

高杉晋作
たかすぎしんさく
[生]天保10(1839).8.20. 長門
[没]慶応3(1867).4.14. 下関
幕末の尊王派志士。長州藩士 150石高杉春樹の息。号は東行。松下村塾に学び,毛利定広の近侍となった。文久2 (1862) 年藩命を帯びて上海に密行し,外圧を意識して帰国。周布 (すふ) 政之助らと尊王攘夷運動の画策にあたり,藩内の百姓,町人をも含めた奇兵隊を組織し,士族の軍事専権制を打破した。翌年の文久三年八月十八日の政変で長州藩が京都で失脚し,第1次幕長戦争 (→長州征伐 ) で敗れると,蟄居させられた。元治1 (64) 年四国艦隊下関砲撃事件に際して再び起用され,正義党の中心人物として反幕府の方向に藩論を統一,第2次幕長戦争では大いに幕府軍を破ったが,まもなく病没。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

高杉晋作
たかすぎしんさく
(1839―1867)
幕末期長州藩における討幕派の中心人物であり、奇兵隊の創設者。名は春風、字(あざな)は暢夫(ちょうふ)、号を東行(とうぎょう)。大組(おおぐみ)(馬廻組(うままわりぐみ))士、家禄(かろく)150石高杉丹治(たんじ)の嫡子として出生。少年期、藩校明倫館(めいりんかん)に入学するが、1857年(安政4)19歳のとき松下村塾(しょうかそんじゅく)に入り、吉田松陰(よしだしょういん)の教育を受ける。やがて久坂玄瑞(くさかげんずい)とともに「村下の双璧(そうへき)」と称され、将来を嘱望される。1858年江戸へ出て幕府昌平黌(しょうへいこう)に入学。1859年松陰刑死後は遺骸(いがい)引き取りに奔走する。1860年(万延1)帰国後明倫館に勤務するが、やがて世子元徳(もとのり)付きの小姓(こしょう)となる。1862年(文久2)幕府の使節とともに上海(シャンハイ)に渡り、西洋列強国侵略の実情をみる。このため帰国後藩府に対し、公武合体策を放棄し富国強兵策の採用を進言する。しかし藩府が不採用のため亡命し、攘夷(じょうい)運動を推進する。同年末、江戸御殿山(ごてんやま)のイギリス公使館を同志とともに焼打ちする。1863年剃髪(ていはつ)し東行と号して帰国するが、下関(しものせき)戦争が始まり馬関(ばかん)総奉行(そうぶぎょう)手元役に抜擢(ばってき)される。そこで武士隊の敗北を知り、奇兵隊を創設し総監となる。奇兵隊は士農工商を問わず入隊でき、階級差別のない新しい軍隊であった。この後、下関講和交渉の正使となるが、藩府と意見があわず亡命する。1864年(元治1)下関で諸隊を集め、翌1865年(慶応1)内訌(ないこう)戦に勝利し藩府の主導権を握る。1866年第二次長州征伐(四境(しきょう)戦争)では小倉口(こくらぐち)方面の指揮官および全軍の総指揮官となり、勝利するが、慶応(けいおう)3年4月14日肺結核のため下関で死去。29歳であった。[広田暢久]
『奈良本辰也著『高杉晋作』(1965・中央公論社) ▽高杉東行先生百年祭奉賛会編・刊『東行――高杉晋作』(1966)』

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367日誕生日大事典

高杉晋作 (たかすぎしんさく)
生年月日:1839年8月20日
江戸時代末期の長州(萩)藩士
1867年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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旺文社日本史事典 三訂版

高杉晋作
たかすぎしんさく
1839〜67
幕末の志士
長州藩士。松下村塾で吉田松陰に学ぶ。1862年上海に渡り海外状況を見聞し,帰国後尊王攘夷運動に活動。'63年長州藩の外国船砲撃直後の軍備強化で奇兵隊を組織した。翌年幕府の長州征討に降伏謝罪した藩当局に反して挙兵,保守派を倒し,藩論を「尊王討幕」にまとめる指導的役割をなした。第2次長州征討でも奇兵隊を率いて九州小倉の幕府軍を撃退('66)するなどの活躍をしたが,翌年大政奉還の半年前に病死した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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