●鶴賀新内【ツルガシンナイ】
デジタル大辞泉
つるが‐しんない【鶴賀新内】
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世界大百科事典 第2版
つるがしんない【鶴賀新内】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
鶴賀新内
つるがしんない
新内節鶴賀派の芸系で、俗に若歳(わかとし)新内といわれる2世に始まるとみなす説がある。今日まで数代を数えるが3世までが著名。
[林喜代弘]
初世
(1714―74)本名岡田五郎次郎。湯方御家人(ごけにん)で、初世若狭掾(わかさのじょう)の弟子。初名新内。1758年(宝暦8)加賀八太夫と改名。この人の時代にはまだ「新内節」の名称はない。
[林喜代弘]
2世
(?―1810)初世若狭掾の高弟鶴賀斎の弟で盲人。初名加賀歳(かがとし)。若歳を経て2世新内となる。鼻へ声を抜く独得の節落しが世上でもっぱらの評判となり、1777年(安永6)ごろから鶴賀、富士松、豊島などの系統の浄瑠璃(じょうるり)を総括して新内節と呼称するようになった。
[林喜代弘]
3世
生没年未詳。2世の門人で盲人。2世加賀歳から1814年(文化11)ごろ3世を襲名したと思われる。文政(ぶんせい)年間(1818~30)にかけて芝居の舞踊の地方(じかた)として出演し、新生面の開拓に努めた。のち豊名賀薗太夫(とよなかそのたゆう)、鶴賀出雲掾(いずものじょう)、津留賀文弥(つるがぶんや)としばしば改名しているが、27年(文政10)以後の消息は不明である。
[林喜代弘]
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精選版 日本国語大辞典
つるが‐しんない【鶴賀新内】
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