@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

黄表紙【きびょうし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

黄表紙
きびょうし
江戸時代後期に行われた草双紙の一種。青本から発展,成人向きに仕立てられたもの。名称は表紙の色に由来し,5丁を1冊として2冊ないし3冊程度で1編をなす。恋川春町作画『金々先生栄花夢』 (1775) を先駆とし,当世風写実をもっぱら用い,諧謔風刺を目的とする。天明5 (85) 年には山東京伝作画『江戸生艶気樺焼 (えどうまれうわきのかばやき) 』が出て代表作としての地位を得るが,寛政の改革を風刺した作品が春町,京伝らの筆禍事件を招き,発禁が相次いで作風は一変した。京伝作『心学早染草』 (90) などの教訓物が流行,さらに南杣笑楚満人 (そまひと) 作『敵討義女英 (かたきうちぎじょのはなぶさ) 』 (95) をはじめとするかたき討ち物の全盛を迎えて,風刺と諧謔はまったく姿を消し,話の複雑化は冊数の増加を招き,文化3 (1806) 年以後合巻へ変貌する。代表作者はほかに朋誠堂喜三二 (手柄岡持 ) ,芝全交唐来三和,市場通笑,式亭三馬など。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

き‐びょうし〔‐ベウシ〕【黄表紙】
《表紙が黄色であったところから》江戸後期の草双紙の一。しゃれと風刺に特色をもち、絵を主として余白に文章をつづった大人向きの絵物語。安永(1772~1781)から文化(1804~1818)にわたり流行。二つ折りの半紙5枚で1巻1冊として2、3冊で1部としたが、しだいに長編化して合巻(ごうかん)に変わった。恋川春町山東京伝などが代表的な作者。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

きびょうし【黄表紙】
江戸時代中期以後数多く出版された,絵を主とする小説である〈草双紙(くさぞうし)〉の一様式をいう。草双紙の〈黒本・青本〉のあとを受けて,外形は青本と同じく黄色表紙であるが,内容は当世世相,風俗,事件などを流行語をまじえて写実的に描写するとともに,ことさらに常識に反し理屈を排除して,荒唐無稽な構想・表現による滑稽をもっぱらねらったもので,1775年(安永4)刊の恋川春町(こいかわはるまち)画作《金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)》から始まるとされる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

黄表紙
きびょうし

草双紙(くさぞうし)の一態。『金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)』(恋川春町(こいかわはるまち)作・画)が刊行された1775年(安永4)から、『雷太郎強悪(いかずちたろうごうあく)物語』(式亭三馬(さんば)作、歌川豊国(とよくに)画)の出版された1806年(文化3)までの草双紙約2000種の総称。名称は表紙が黄色であることによるが、前代の青本の表紙と類似するため、江戸時代は青本の名でよばれた。序文などを除き、全丁絵入りで、中本(ちゅうほん)型、5丁(10ページ)を1巻1冊とし、通常2~3巻(冊)よりなる。

 当時の知識人たる武家作者によってその形式が確立されたため、知的で徹底したナンセンスな笑いをその生命としながらも、洒落本(しゃれぼん)同様に、江戸市井の現実生活を踏まえ、きわめて写実的であった点に特徴がある。絵は文と不即不離の関係にあり、絵解きも黄表紙理解の重要な鍵(かぎ)で、当代第一級の浮世絵師(鳥居清長、北尾重政(しげまさ)、喜多川歌麿(きたがわうたまろ)、歌川豊国ら)が筆をとっている。最盛期は安永(あんえい)末年から天明(てんめい)年間(1780年代)で、狂歌を中心とする天明文壇をはじめ、劇壇、画壇、吉原などの遊里と密接に関連して、『無益委記(むだいき)』(春町作・画)、『一流万金談』(朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)作、北尾政演(まさのぶ)(山東京伝)画)、『大悲千禄本(せんろっぽん)』(芝全交作、政演画)、『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』(山東京伝作・画)などの傑作を生み出すとともに、全交、京伝らの町人作者を輩出させた。

 しかし、田沼意次(おきつぐ)の没落と松平定信(さだのぶ)による寛政(かんせい)の改革政治は、この政変をかっこうの材料として『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどおし)』(喜三二作、喜多川行麿画)、『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』(春町作、北尾政美(まさよし)画)を生み出した黄表紙作者に弾圧を加え、武家作者の総退場という結果を招じ、曲亭馬琴(きょくていばきん)、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)、三馬らを新しく作者として迎える。こうした出版取締りの強化によって、草双紙の伝統的な一側面であった教訓性が復活するとともに、伝奇的な敵討(かたきうち)物が盛行し、これが長編化して、次代の合巻を誕生させることとなるのである。

[宇田敏彦]

『水野稔校注『日本古典文学大系 59 黄表紙・洒落本集』(1958・岩波書店)』『浜田義一郎他校注『日本古典文学全集 46 黄表紙・川柳・狂歌』(1971・小学館)』『小池正胤・宇田敏彦他編『江戸の戯作絵本』全4巻(社会思想社・現代教養文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

き‐びょうし ‥べウシ【黄表紙】
〘名〙
① 黄色の表紙。
※真俗交談記(1191)「七巻抄 黄表紙 水精軸」
② 草双紙(くさぞうし)の一つ。江戸後期、安永四年(一七七五)から文化三年(一八〇六)頃にかけて多く刊行され、黄色の表紙で、内容はしゃれ、滑稽、風刺をおりまぜた大人むきの絵入り小説。半紙二つ折本で、一冊五枚から成り、二、三冊で一部とした。代表的な作者として恋川春町、山東京伝らがいる。
※西洋道中膝栗毛(1870‐76)〈仮名垣魯文〉三「京伝は、骨董集に事実を挙(あげ)典故(もと)を訂せし、其罪至って軽(かろ)からねど、黄巻(キベウシ)茶表紙の功徳により、相半々々(ごぶごぶ)にして帳消なり」
[語誌](1)②は、赤本・黒本・青本と同様、表紙の色による命名。子ども向け草双紙青本は、最初萌葱色の表紙であったが、やがて黄色の表紙をつけるようになる。明和(一七六四‐七二)頃から大人を対象としたものも現われはじめ、それを黄表紙と呼ぶが、実際にはかなり後まで青本と呼ばれていたようである。
(2)文化頃から敵討物などの流行による長編化に伴い、何部かを合冊して出版するようになった。文化三年(一八〇六)「雷太郎強悪物語」以降「合巻(ごうかん)」へと移行する。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

黄表紙
きびょうし
江戸中期以後の草双紙の一つ
表紙が黄色。短期間しか出なかった黒本・青本に続き,洒落・風刺・滑稽味を加えて風俗を描出した。天明期(1781〜89)が最盛。恋川春町『金々先生栄花夢』,山東京伝『江戸生艶気樺焼 (えどうまれうわきのかばやき) 』など著名な作品が多い。のち合巻 (ごうかん) へと発展した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

黄表紙」の用語解説はコトバンクが提供しています。

黄表紙の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation